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以前から行かなくてはと思っていた国東エリアへ行ってきました。 国東と書いて、「くにさき」と読みます。 国東半島とは、九州の北東部、瀬戸内海に突き出た拳型の半島の名前です。 半島の北西が周防灘、東が伊予灘、南が別府湾になります。 大分空港の位置する半島で、別府湾を挟んで南側に、大分市があります。 その国東半島のねっことでも呼ぶべき場所に、宇佐神宮があります。 上の写真は、第一の鳥居。 次が、第二の鳥居。 そして、第三の鳥居。 鳥居の奥が門で、その先左に、神宮の建物が見えます。 上の写真で小さく覗いているのは、神宮の建物の横の部分。 門を入ると、右に回って、神宮の正面に対することになります。 正面向かって左から、八幡大神を祀る第一之御殿、比売大神(ひめおおかみ)を祀る第二之御殿、 そして、神功皇后(じんぐうこうごう)を祀る第三之御殿 の3つの神殿があります。 言い伝えにより、ここでの作法は、二礼四拍手一礼。 これを左から順に、3つの神殿に向かって三回行いました。 この宇佐神宮が、全国の八幡様の総元締め、本家本元であることを、この日、学びました。 八幡様とは、応神天皇の生まれ変わりの神様。 応神天皇は、西暦200年に筑紫の国に生まれ、101歳まで長生きをしたと言われます。 海外との交流を盛んに行い、養蚕、機織り、灌漑用水などの技術を大陸から取り入れたそうです。 その応神天皇の生まれ変わりの八幡様が6世紀後半に、宇佐に出現したため 宇佐神宮が建てられたとのことです。 八幡様は国の守り神としてお告げを下す存在で、奈良の大仏建立時にも「ぜひやるように」 とのお告げを出したそうです。それに喜んだ聖武天皇が、奈良の都に 手向山(たむけやま)八幡宮を築いたと。 その後、平安時代には京都に石清水(いわしみず)八幡宮が築かれました。 その石清水八幡宮を、源氏が氏神とした。そして、鎌倉に鶴岡八幡宮を建てて以降、 武家に信仰が広まり、全国に八幡様が祀られるようになった、とのことです。 上の写真の本殿以外に、敷地内に「下宮」とよばれる神殿があります。 同じように、左から順に、三つの祭殿があり、こちらの下宮は庶民のお参りするほうで 上の本殿は皇室などがお参りするほう、となっていたようです。 こちらも、入り口が素直に鳥居からまっすぐではなく、正面には回りこまなければなりません。 どうしてこういう向きになっているのだろう、と疑問に思うのですが、 本殿の向かいには、御許山(おもとやま)があり、元来そちらに大元の神社があったために、 そちらの方角を向くように、神宮が建てられているからなのかもしれません。 なお、この季節、境内の池には、原始ハスが咲いていました。 蓮のいい匂いがしていました。 |
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大分にいる時は、初詣で行きましたね。 |
ジガー2 2008/07/22 20:41 |
初詣では相当な人出でしょうね! |
maxi 2008/07/26 16:52 |
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